


1886年(明治19年)に渡辺藤吉本店の付属工場として創業以来、お客さま・地域の皆さまに支えられながら、
防衛省関連製品の製造、自動車用ホイール生産設備の製造などの事業を主軸としてその歴史を刻んできました。
| 1886年 | 明治19年渡辺藤吉本店の付属工場として博多の西町に創業、後に千代町に移転、水揚げポンプなどを製作 |
|---|---|
| 1904年 | 明治37年陸軍の輜重車の製造を開始 |
| 1916年 | 大正5年合資会社 渡辺鉄工所に改組 |
| 1919年 | 大正8年水雷兵器部品の製造を開始 |
| 1921年 | 大正10年海軍指定工場となる 魚雷発射管の製造を開始 |
| 1923年 | 大正12年航空機用車輪(軍用)を試作 |

| 1930年 | 昭和5年雑餉隈に工場移転、飛行機製造工場を新設 |
|---|---|
| 1931年 | 昭和6年試作一号機(3式2号上陸初歩練習機)完成、生産開始 |
| 1932年 | 昭和7年魚雷の製造を開始 |
| 1934年 | 昭和9年『96式小型水上偵察機』完成、生産開始 |
| 1935年 | 昭和10年兵器専門工場となる |
| 1937年 | 昭和12年陸軍機生産のため太刀洗製作所を分離設立 |
| 1940年 | 昭和15年零式⽔上偵察機11型(愛知設計)を⽣産開始 |
| 1941年 | 昭和16年2式陸上基本練習機『紅葉』完成、生産開始 機上作業練習機『白菊』完成、生産開始 |
| 1943年 | 昭和18年九州兵器株式会社と九州飛行機株式会社に分離改称 |
| 1944年 | 昭和19年海軍 哨戒機『東海』完成、生産開始 |
| 1945年 | 昭和20年海軍局地戦闘機『震電』完成 終戦により九州鉄工株式会社に商号変更 |
| 1949年 | 昭和24年企業再建整備法により、株式会社渡辺鉄工所を設立 資本金を500万円に増資 炭坑用人車救急車の製造を開始 |
| 1950年 | 昭和25年八幡製鉄所の製鉄機械の部品製作を開始 |
| 1953年 | 昭和28年資本金を750万円に増資 |
| 1954年 | 昭和29年資本金を1500万円に増資 |
| 1955年 | 昭和30年防衛庁魚雷発射管の製造を開始 |
| 1956年 | 昭和31年資本金を2000万円に増資 |
| 1957年 | 昭和32年資本金を4000万円に増資 |
| 1959年 | 昭和34年製鉄用薄板処理プラントの製造を開始 |
| 1961年 | 昭和36年資本金を6000万円に増資 |
| 1962年 | 昭和37年スリッターラインの製造を開始 資本金を9000万円に増資 |
| 1963年 | 昭和38年石川島播磨重工業製汎用機のサービスを開始 |
| 1964年 | 昭和39年シャーラインの製造を開始 |
| 1967年 | 昭和42年自動車用車輪製造プラントの製造を開始 |
| 1977年 | 昭和52年資本金を1億円に増資 |
| 1985年 | 昭和60年渡辺鉄工株式会社に社名変更 |



| 1993年 | 平成5年仕上工場増改築落成 |
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| 2006年 | 平成18年経済産業省より『明日の日本を支える元気なモノ作り中小企業300社』に選定 |
| 2014年 | 平成26年防衛省海上幕僚長より感謝状を受領 防衛省設備施設本部長より感謝状を受領 |
| 2022年 | 令和4年海上自衛隊補給本部長より感謝状を受領 海上自衛隊艦船補給処長より感謝状を受領 |
| 2024年 | 令和6年中小企業庁主催第4回アトツギ甲子園 決勝大会進出 |

