200年 年表

渡辺鉄工の「いままで」と「これから」

渡辺鉄工ってどんな会社なの?

ここでは、渡辺鉄工株式会社(旧:渡辺鉄工所、九州飛行機、九州兵器)の歴史を探っていければと思います。

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西暦渡辺鉄工日本世界
1884年(明治18年)伊藤博文が初代内閣総理大臣に就任
1886年(明治19年)創業・千代町に移転カールベンツが、世界初のガソリン自動車の特許取得
1904年(明治37年)陸軍の輜重車の製造を開始日露戦争ニューヨーク市地下鉄開業
1916年(大正5年)合資会社 渡辺鉄工所に改組寺内内閣第一次世界大戦激化
1919年(大正8年)株式会社 渡辺鉄工所に改組
水雷兵器部品の製造を開始
板垣退助暗殺パリ講和会議
1921年(大正10年)海軍指定工場となる
魚雷発射管の製造を開始
大日本蹴球協会(現、日本サッカー協会)創立ワシントン会議
1923年(大正12年)航空機用車輪(軍用)試作関東大震災第1回ル・マン24時間レース開催
1930年(昭和5年)雑餉隈に工場移転
飛行機製造工場を新設
重巡高雄進水式ロンドン海軍軍縮会議開催
1931年(昭和6年)試作一号機
(3式2号陸上初歩練習機)完成
生産開始
満州事変エンパイアステートビル完成
1932年(昭和7年)魚雷の製造開始日豊本線全通アメリア・イアハートが女性初の単独大西洋横断飛行
1934年(昭和9年)96式小型水上偵察機完成
生産開始
※正式採用は1936年
東京・台北間に無線電話開通ドイツで「長いナイフの夜」発生
1935年(昭和10年)
兵器専門工場となるNHKが国際放送を開始B-17爆撃機が初飛行
1937年(昭和12年)陸軍機生産のため
太刀洗製作所を分離設立
日独伊防共協定成立パリ万国博覧会
1940年(昭和15年)零式水上偵察(愛知設計)生産開始零式艦上戦闘機(零戦、ゼロ戦)が正式に採用杉原千畝 ユダヤ人に大量ビザを発給
1941年(昭和16年)2式陸上基本練習機
『紅葉』完成 生産開始
機上作業練習機
『白菊』完成 生産開始
真珠湾攻撃バルバロッサ作戦(独ソ戦が始まる)
1943年(昭和18年)九州兵器株式会社と
九州飛行機株式会社に分離改称
戦艦「日向」が航空戦艦に改造ドイツ軍、対ソ戦で敗北濃厚
1944年(昭和19年)海軍 哨戒機
『東海』完成 生産開始
マリアナ沖海戦ノルマンディー上陸作成
1945年(昭和20年)海軍極地戦闘機
「震電」完成
終戦により
「九州鉄工株式会社」に商号変更
終戦
坊ノ岬沖海戦にて大和 (戦艦)ほか軍艦5隻撃沈
ドイツ降伏
1949年(昭和24年)
企業再建整備法により
株式会社渡辺鉄工所を設立
炭坑用人車救急車の
製造を開始
湯川秀樹、ノーベル物理学賞を受賞世界初のジェット旅客機が初飛行
1950年(昭和25年)八幡製鉄所の製鉄機械の
部品製作を開始
高速新聞輪転機を製造
西日本新聞社に納品
朝鮮戦争勃発
1955年(昭和30年)防衛庁(現:防衛省)
魚雷発射管の製造を開始
現行一円硬貨発行開始ワルシャワ条約機構結成(冷戦の激化)
1959年(昭和34年)製鉄用薄板処理プラントの
製造を開始
キューバ革命
1962年(昭和37年)スリッターラインの
製造開始
若戸大橋開通キューバ危機
1963年(昭和38年)石川島播磨重工業製汎用機
のサービスを開始
北九州市誕生J・F・ケネディ暗殺
1964年(昭和38年)シャーラインの製造を開始太平洋横断海底ケーブル完成BASIC言語のコンピュータプログラムが初めて実行
1967年(昭和42年)自動車用車輪製造プラント
の製造を開始
公害対策に乗り出す東南アジア諸国連合(ASEAN)結成
1985年(昭和60年)渡辺鉄工株式会社に
社名変更
プラザ合意からバブルへDNSに初めてのドメイン名が登録される
1993年(平成5年)仕上工場増改築落成55年体制崩壊欧州経済共同体(EEC)に加盟する12か国による単一市場が設置
2006年(平成18年)経済産業省より
『明日の日本を支える元気なモノ作り
中小企業300社』に選定
2014年(平成26年)防衛省海上幕僚長より感謝状を受領
防衛省装備施設本部長より感謝状を受領